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矢車草 4 その瞬間、風を感じた。 凄まじい歓声の嵐の中、ゴールテープを切ったのはヒューだった。 「初出場・初優勝」の快挙を成し遂げてしまったのだ。 有名なコーチについてもらったわけではない。 実の父親の熱血指導と、谷の環境が、彼をこれほどまでに育てあげた。 ヒューが走る姿はとても綺麗で、人の心を魅了する。 もちろんフォームも基礎からみっちり教え込まれているのだが、そういう類の美しさではなくて。 なにかに一生懸命な人というのは、どうしてあんなに輝いているのだろう。 それに加えてあの容姿。 幼い頃からは想像も出来ないような凛々しい顔。 スポーツ選手に共通する引き締まった体。 それが、走り終わった瞬間に、素朴で優しそうな顔に戻るのだ。 乙女のハートなんて柔なものは、簡単に射抜かれてしまう。 「すごいわね、ヒュー君。一位だなんて!」 陸上競技場の観客席、ムームーはひたすら喜んでいた。 やはり知り合いが優勝するというのは嬉しいもので、自分も胸を張りたい気 分になってくる。 他人のムームーですらそうなのだから、母親のクリス、そして父親のスアリーなどはもう、一言では言い表せない。 あえて言うなら「ヤバイ」だろうか。 意味もなく、「気合だー!」とか叫びだしそうだ。 全く、テレビの影響というのは凄い。 「あの……ヒュー、君が……」 一方、サラはなんとも言えない表情をしている。 つい数時間前まで隣で笑っていた人が、今や期待の新人選手だ。 自分も陸上競技をかじったことがあるから、解かってしまう。 『あの人は、もっと上に行く人なんだ』 そう考えると、なんとも寂しい気持ちになってしまって。 どんどん遠くへ行ってしまう。 行かないで――そんなセリフが吐けたら、どんなに楽だろう。 先に行くことを決めたのは、自分の方。 「サラ、どうしたの?具合でも悪くなった?」 放心状態の娘が、心配そうに話しかけられた。 少し口元をあげて、大丈夫、の合図。 「母さん、私……ヒュー君が好き」 昨日も好きだった。 今日はもっと好きになった。 明日はそれ以上になっているだろう。 留まることを知らないこの想い。 胸が苦しくて苦しくて、夜も眠れないくらい。 溢れて止まらないけれど、どうしても伝えることは出来ない。 ■■■ 競技場から、谷へ帰る時刻。 テレビ等のインタビューを終えたヒューが駆けてくる。 さすが、速い。 どうでも良いことを考えていると、ちょっと来て、と引っ張られた。 サラが返答する間もなく、連れて行かれる。 「……ふふふ♪」 ケイトが含み笑いをしている。 その顔は完全に、年相応の噂好きな少女だった。 「どうかした?」 この子ったら、人様のことにばっかり関心を持って! 少しは自分の将来のことも考えなさい! 母の目は、そんな感じ。 「私がアドバイスしたのよ。優勝したら、すかさず告白しなさいって」 自身有り気に言ってみせ、誰にいうともなくポソリと。 「――もう、今日ぐらいしか、ないから」 呟いた言葉は、車のエンジン音に掻き消された。 「ごめん。……ごめんなさい」 かつて父親が吐いたものとは少しばかり種類が違うようにも見える。 が、対して差はない。 謝罪の意志は同じで、根底にあるものも同じ。 “あなたよりも大切なものがある” 小さな頃に見た夢は、きっといつか叶うはず。 あの日感じたものは、これまでの人生の全てだから。 だって私、忘れ谷に生まれて、とても幸せだったの。
長ったらしい情景描写だとか、 |
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