君がみた夢は今も輝いて  第一話 「pokemon」



 目を覚ますと外は、白銀の世界だった。
「初雪、か」
 雪が積もっただけで大騒ぎしていたのは、少し昔のこととなった。忍び寄る寒さに身体を震わせる。
 寒いのは嫌いだ。体力をじわじわと奪い、時には命をもさらりと。どんなに雪の下に埋もれていても、次の春にはまた生えてくる草花の生命力には感服する。
 雪の白さも好きじゃない。全てを無に返し、なかったことにしたいかのようで。その白さの上に滴れた赤は、とてもとてもよく栄えるというのに。
 もう一度布団に入ろうとしたところで、ふと思い出しモンスターボールを手にする。
 ――こんな朝っぱらから起こしたら悪いな。
 そう、少しは思ったのだけれど、寒さの前には無力な抵抗だった。ポンっと、優しく布団の中に出てきたのは、寝ぼけ眼のひよこだった。
「アチャモ、一緒に寝てくれるか?」
 炎タイプは、とても温かい。焦点の定まらない虚ろな目で、アチャモは彼の懐に入り再び眠りはじめた。彼は小さく謝辞の言葉を述べ、温もりを抱き締めて夢の中へ。
 彼らが目を覚ましたのは、子供の投げた雪玉が窓に命中したその時。時刻は十時を回っていて、大慌てで仕度をし、ポケモンセンターを飛び出した。

 彼の名はアキラといった。
 成長期は終わっていないようだが、既に青年といえる背格好。おそらく十代の半ばないし後半ぐらいであろう眼差し。前を見据えて、胸を張って、けれど時々立ち止まったりして。そんな、面持ちに雰囲気をまとっている。
 一応ポケモントレーナーではあるものの、バトルを極めようなんて思ってもいない。手入れの楽そうな髪は風になびくこともなく、この季節には寒そうだ。
 頬に当たる風が厳しかった。雪は既に止んでいたが自転車はとても使えない。本来ならポケモンセンターでもう一泊したいところなのを、なんとか出発して歩いている。
 そう、アキラはただ歩いていたのだ。
『どうしてそんな人間に、野生のポケモンは襲い掛かってくるのだろう?』
 そんなことを思ったのはいつの日だったろうか。己の進むべき道を探し始めたあの日。まだ幼かった。
 飛び出してきたのは野生のキャタピー。ただでさえこの寒さだ、弱っていた。黄緑色の体は赤く変色しかけていて、散る寸前の落葉のよう。か細い呼吸音を響かせながら固まっている。
『ヤバイ! 人間がいた!』
 ねぐらに戻る途中だったとか、そんなところだろう。季節外れに生まれてしまったのか、進化出来なかったのかは定かではないが、こんな雪の中にひょっこり現れるのは珍しい。
 アキラは即座に目を逸らし、そのまま歩き続ける。折りたたみ自転車を入れた、手提げカバンの重さを疎みながら。
 ――無駄なバトルはしない。
 それがアキラの信条で、弱ったキャタピーを倒そうとも捕まえようとも思わない。
 横を通り過ぎても向こうはなんの攻撃もしてこなかった。そのまま歩き、やがて後方へ。硬直から解かれどこかへ去って行く気配を感じ、安心しつつ前へ。
 平和なのは良いことだ。

 小一時間ほど歩いたところで、アキラは顔を歪めた。そこは小さな通路兼広場で、見渡せばトレーナーがちらほらと。他に道はないかと探ってみるが、どこに続いているとも分からない細い道しか見当たらない。次の町に行くにはここを通るしかなさそうだ。
 一歩足を踏み込めば、予想通り。
「ちょっとそこのお兄さん! 勝負よ!」
 はあ、とひっそり肩を落とす。どうしてこう、バトルに夢中な人というのは周りが見えないタイプが多いのだろう。こっちの事情をもうちょっと考えて欲しい。「目線があったら勝負の合図」なんてどこの誰が決めやがったんだ。
 内心毒づきつつ、けれど仕方なく、アキラはいつもボールを投げる。断ってもしつこくつきまとわれる場合が多いのだ。負ければあとの数人は無条件で戦わなくて済むし、勝ったとしても「もう体力が少ないから」で逃げ切れる。
 相手のボールから飛び出たのはフシギダネ。フシギダネは不思議だね……ああ、寒い寒い。自分の出したポケモンはアチャモなので、少しはこの寒さも和らぐだろうか。
「ひのこ」
 アキラの手持ちは3匹しかいない。比較的バトルに使うのが、この“アチャモ”だった。手にしたのが十歳とすると、随分とまあ長い間アチャモなわけだ。使える技も、“ひのこ”とか“きあいだめ”とか……いや、バトル系トレーナーではないのだから何も言うまい。
 アチャモの吐き出したひのこはのろのろとフシギダネに向かい、案の定かわされる。バトル中に落ち込んでいる暇なんてないはずなのに、のんきにため息をついていれば酷い目に合うのは当たり前で、眼前にはつるのムチが飛んできてしまった。我に返り、叫ぶ。
「まもれ!」
 間一髪で守って、
「よし、いけっ!」
 技名の支持はなく、心得ているようにアチャモはつるをくわえる。そしてそのまま火の粉を撒き散らしてみたり。相手のトレーナーは酷く動揺したようで、身を乗り出し、
「フシギダネ!?」
 こぶしを握り締めたのがよく見えた。タイプは絶対ではないが、二倍のダメージは大きい。みるからに鍛えてなさそうなアキラとそのポケモンに若干油断していたのだろう。こちらをキッと睨み付け、反撃へ。
「フシギダネ、体当たり!」
 猪のごとく突撃してくるフシギダネ。ひらりと交わし、上空で気合をためて、
「アチャモ、いあいぎり!」
 急所に当たり、フシギダネは戦闘不能。攻撃に偏重したのが敗因か。
「よし。よくやったな、アチャモ」
 戻ってきたアチャモを撫でてやると、とても嬉しそうに笑った。
 そして――光り輝き煌いた。
 アキラがこの光景を見るのは始めてではない。それは自分を倒したトレーナーのだったり、ダブルバトルのパートナーのだったり。だが自分自身のポケモンが進化するのは、今が、始めてだ。
 なんという光だろう。他人のポケモンの時は何も、ただ美しいと、それだけしか思わなかった。その白さは天上に君臨する真夏の太陽を思わせ、はたまた月光を反射する雪にもよく似ていた。
 この美しさは、おそらく“たま”の美しさなのだろう。宝玉のそれはもちろんのこと、とどのつまりは魂の。ポケモンがこの世界に在る理由の一つは、紛れもなくこの光。きっとこれは魂の、命の。
 アチャモと出会ったのは数年前で、旅に出てみたもののトレーナーを極めることに関心は持てなかった。今の道に目覚めるのに時間はかからず、その心の移り変わりすら共に過ごした最上の友。
 光は徐々に落ち着き、ワカシャモとなった。だからアキラは、満面の笑みを浮かべて言ったのだ。
「おめでとう、ワカシャモ」
 光から解き放たれたワカシャモは、まじまじと自身の姿を確かめた。変わり果てた、姿。
「っおい! どこ行くんだ!?」
 突然の進化に驚いたのかなんなのか、ワカシャモは走り出す。とてもじゃないが追いつけない。ボールを取り出し、アキラは空へ。
「ワカシャモ! どうしたんだ!?」
 キャモメはまだ小さくて、人間一人を長時間運べるはずもない。地上に降りて、ため息を一つ。
 ワカシャモは森の中だった。


■■■


 木にもたれかかり、荒れた呼吸を整える。背中のごつごつとした感覚が懐かしかった。まだ野生だった幼いあの日。博士の手により捕まえられてしまい、泣く泣く過ごす日も多かったが、今となっては良い思い出だ。
 ワカシャモだって知っていた。ポケモンは進化することが出来て、今まで自分が進化しなかったのはレベルが足らなかったから。進化すればこのような姿かたちになってしまうことも知っていた。
 それなのに、こんなに大騒ぎして阿呆のようだ。
 ――ワカシャモは、アチャモのままでいたかった。水面に移る自分の姿は、自分で言うのもなんだが、たいそう可愛らしかった。ちょこちょこと足元にまとわりついて、一声ねだれば、ふやけた顔で抱き上げてくれる。
 忘れられない言葉があるのだ。優しい言葉。愛しい言葉。
『アチャモは本当、可愛いなあ。大好きだよ』
 もう、何年前のことなのだろうか。まだアキラが新米トレーナーと呼ばれていた頃。きっと一生忘れない。
 その言葉はアチャモというポケモンに向けられたものであり、“自分”に対しての言葉じゃない。ワカシャモになってしまったこの姿をまじまじと見つめてみる。
 格闘タイプが加わったのだろうか、体中から力がみなぎり、走りで主人に負けることは二度とないだろう。翼は腕となりその爪は鋭く、口ばしはより硬く。全体的に戦闘向けの身体となってしまったことは明らかだった。
 アキラはバトル系のトレーナーではない。けれど、仕事をスムーズに手伝うことが出来るようになっただろう。そういう点でもこの進化は良いことなのだ。
 アキラのためを思えば。
 ……ワカシャモはそんなに聞き分けの良い性格はしていなかった。愛は見返りを求めないものだ、なんて、そんな綺麗ごとはいらない。
 相手を好くということは、とても素敵なことだった。それはポケモンであっても例外ではなく、アチャモは幸せだったのだ。もちろん、そもそも種族が違うことであるし、トレーナーとそのポケモン以上の関係は望めない。だが、想い人がこの世で最も大切にしている存在が誰なのかは分かっている。その自覚はある。
 その自覚があったからこそ、一生の片思いの辛さすら、幸せなことだと思えていたのに。
 ずっとずっと傍にいて、ずっとずっと一番で居続けることが出来たなら、そんなにも幸せなことはない。今の自分は既にワカシャモだ。主人は進化したからといって態度を変えるようなことはないだろうけれど、ぬいぐるみとしては少々大きすぎる。何も恥じることはないのだけれど、やはりワカシャモは女の子で、なるべくなら可愛くありたいと思ってしまうのだ。
 物思いにふけっていてその気配に気がつけなかった。草を踏みしめる音がして、振り向くと、
「……ワカシャモ、こんなところにいたのか」
 困ったように笑いながらそこにいたのは、生涯の愛を誓う人。驚いてしまって反射的に逃げようとすると、ああ、懐かしい香りがした。さっきまで嗅いでいたのだけれど、とても懐かしかった。
「急に進化して驚いたのか?」
 腕をつかまれ、引き寄せられる。逃げようと思えば造作もない。
「大丈夫だ。お前はお前のままだから、大丈夫だ。……さっきはおめでとうって言ったけど、ありがとうって言うべきだったのかな」
 頭を撫でてくれる動作は以前と変わらず、優しかった。
「ありがとう、ワカシャモ。これからもよろしくな」
 こんなにも尊い人は他にいないと思った。こぼれる微笑は清流、紡がれる言葉は木漏れ日だった。懐かしい自然を主人の中に見出せば、とても幸せな気分になれる。
 そして、ふと。ワカシャモは気がついたのだ。
「お前……本当、可愛いよなあ……」
 翼は腕となった。好きな人を、好きなだけぎゅっとするために、アチャモは進化したのかもしれない。



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高校生活の集大成として書いた作品です。
見かけは六話で終わるのですが、一話一話が異常に長いです。
(本来なら20話超えてます)

ワカシャモは「愛嬌たっぷり」なイメージで書きました。
バシャーモになっても可愛いに違いない……。



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