あなたに会うため今日も駆ける
この体力は惜しみなく


それは小さな恋の唄  第六話



静かな静かな読書の時間。
完全に思考は本の中に入っていて、ちょっとやそっと話しかけられたぐらいでは気がつかない。

だが、さすがに大音量となれば脳まで届くわけで。

「うおあーー!?」

海の方から聞こえる叫び声が誰のものであるのか、なんて考えるまでもなく。
マリアは本を丁寧に置いて立ち上がった。
もちろんしおりを挟むのも忘れずに。

ドアを開け、少し下って浜辺まで。
全速力で駆け抜ける。
…彼女なりに、ではあるが。

「どうされたのですか?」

そこにいたのは魚みたいに口をパクパクさせている釣り好き人間と、

「マっ、マリアさん!あれっ!あれっ!!」

宙に浮かぶ……イカ。

「まあ。珍しいこともありますのね。こんにちは、イカさん。今日はどちらまで?」

のほほんとイカに話しかけているマリア。
これは一種の現実逃避なのだろうか。

「オラは…オラだけでも現実に戻らなければ!」

己のうちで熾烈な葛藤があったのだろうが、なんとかレイフは正気に戻った様子。
とっておきの竿に針とルアーをつけて、

「勝負だ!」

ある意味とても、現実的。

太陽がまぶしい大空は、海と同じ色をしていた。

「…これは、いける!」

意味不明な自信のもと、力いっぱいイカに向かって投げつける。

ルアーがイカに届くかと思われた瞬間、

「うわっ!?」「きゃっ!」

白熱灯のように強い光を出しながら、きらめきだした。
イカは光を振りまきながら上昇して行く。

「まっ、待て!逃げるのか!?」

ヌシを釣るためならえんやこーら。

今のレイフなら空だって飛べそうだ。

「黙らっしゃい!」

空から降ってきたのは、えらく荒んだガラガラ声。
音源は間違いなく……イカだ。

「おのれ…!魚は釣るために存在しているのではないのだぞ!?」

イカは完全にキレている。
たくさんあるうちの一本を突き出して、まっすぐにレイフを指差す。

「おのれに釣られた我が弟子達の仇、今とらずにおくべきだろうか!?いやとるべきだ!!」

反語を使えたことに満足しているイカに、レイフはなにも言えない。
圧倒されているのかあっけに取られているのかは定かではないが。

「お待ちになってください!イカの神様!」

何故か瞳に涙を浮かばせて、マリアは叫ぶ。
大粒の真珠となり零れ落ちたそれは、イカの心を動揺させる。

マリアさんは綺麗なお方。
イカ(しかもヌシ!)といえども、乙女の涙には弱いらしい。

レイフがこっそりメモを取っているのに、二人は気がつかない。

「釣り人さんは……レイフさんは必要以上に魚を取ってはいません!魚を愛してらっしゃいます!どうか今日のところは見逃してもらえませんでしょうか」

手を組んで、膝を突いて。
神と崇められて悪い気はしない。

「…仕方がない。良いだろう」

『速っ』とか『単純っ』とか突っ込むものは、あいにくその場にいなかった。

「これで許してやる」

相変わらずメモを取り続けるレイフの背中を、バシっと一回蹴りつける。
強度は、太い釣り針を過って手に刺してしまった時ぐらい。
あの足の長さと地上からの距離、そして足の細胞状態にしては頑張ったといえるのではないか。

「そうそう、おぬし」

今度はマリアを指差して、

「ワシは神ではない、王子様だ」

二本の足で右手を取って、

「イカプリンスと呼んでくれて構わんぞ。…また会おう」

接吻。
まあ、王子様ならそれくらい日常茶飯事かもね。

声にならない絶叫をしているレイフを他所に、イカは海色の空に帰っていく。
マリアはひらひらと手を振っていた。



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難攻不落のカップルを見つけた気分でした。書けない…。



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