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不器用な自分を疎ましく思うこともあるけれど それは小さな恋の唄 第五話 音もなく降る雪が、彼女の上で舞う。 ふわふわと。 手のひらに落ちてきたものは結晶を観察する暇もなく溶けてしまう。 重さが微塵も感じられないのが、少し寂しい。 と、感傷にふけっている場合ではなかった。 彼女は再び歩き出す。 心配性の侍従に見つからないよう、こっそりこっそり。 昔、まだ子供だった頃。 あの頃も確か、足を忍ばせて外に行ってみたりしていた。 今よりも体が弱くて、本当に調子の良い時しか出られなかったけれど。 野原につくしが生えていて。 川辺に菜の花が咲いていて。 名前も知らない子供達が意味もなく走り回っていて。 家が世界の全てでないと悟った、その時。 涙が出た。 外は大きくて、自分は小さくて、世界はとてもとても美しい。 胸が、焼けて。 たまらなかった。 彼女は山を登る。 普段のあの服のままだから、そうとう歩きにくいに違いない。 「…なにもありませんわ」 冬の山に石や枝以外の何かを求めてくるのは、無謀というものではないデスカ。 お嬢様育ちの彼女に、野生の知識はあまりない。 歩き詰めで少し疲れたご様子。 一瞬石に腰掛けようかと思ったが、どうも座り心地が悪そうだ。 思い切って、白い絨毯に体をうずめてみる。 降ってくるそれとは打って変わって、軟らかそうに見えるのは表面だけ。 自身の体重で密度を増した雪は、意外と硬かった。 気温が低く、肌が直接ふれるところ以外は溶ける兆しも見られない。 誰にも荒らされない、汚れない、白い雪に体を埋めたら――自分がとても綺麗になっていくような、そんな気がした。 ■■■ パチッと音がして、木が落ちた。 暖炉の中で燃えている。 「…やっと目が覚めたか」 そこには迷彩服の職人がいて、こちらを見ていた。 表情は普段とあまり変わらないが、雰囲気は……明らかに。 「どうして山に行ったりなんかしたんだ?」 怒気を含んでいた。 起き上がるのもおっくうで、ベットの中から辺りを見渡す。 そこは綺麗な雪山ではなく、彼女の暮らす診療所だった。 「あら…わたくし、どうしてここにいるのかしら?山で雪と戯れていましたのに」 素でこんなことを言い始める彼女に、さすがに堪忍袋の尾が切れたのだろう。 こんなにも感情を表に出した彼を、かつて見た者がいるだろうか。 「お前、山で雪に埋もれて倒れてたんだぞ!?体弱いくせに一人で雪山になんて行くな!!」 始めて見るその姿に驚いて、彼女は息を詰まらせる。 心配かけたのは分かるが、そんなに怒らなくても良いだろうに。 声も出せなくなった彼女を見て多少冷静さを取り戻したのか、椅子に腰掛け目線を等しくする。 悪いことをした子を、怒ってはいけないのだ。 きちんと理由を聞いて、叱らなければ。 「――それで、どうして行ったんだ?」 高ぶる想いを抑えると、どうしてもぶっきらぼうになってしまう。(いや、普段からこんなものだが) もともと感情の起伏が少ない性質なので、一度荒れたそれを制御する方法を彼は知らない。 「花を、摘もうと思いましたの」 一言ぽそりと呟いただけ。 俯いて思案顔をしているが、どうせ反省などしていない。 花がなくて残念、とか思っているのだろう。 「……冬の山に花が生えてるわけないだろう」 「箱入りで育ったものですから、一般常識がありませんの」 自身の怒気に圧倒されていたかと思いきや、数秒後にはこの有り様。 ひねてみるその姿も、なんだか一段と――いけないいけない。 そんなことを考えている場合ではない。 「何の花が欲しかったんだ?春になれば手に入るものもあると思うが……」 とどのつまり、彼は彼女に敵わない。 『春に咲く花ならばお見舞いついでに今度持ってきてやろう』とか、そんなことを思い浮かべているようでは。 所詮恋なんて、惚れた方の負けなのだ。 「ブルーミスト草ですわ」 「ブルーミスト草?」 ブルーミスト草が生えるのは、秋だ。 残念ながら一年近く待たなくてはならない――じゃなくて。 ブルーミスト草は、彼が最も好きな花だ。 もしかして、いや、もしかしなくとも……。 赤らみだした頬が少し気になる。 本心が聞きたい。 彼女の口から、どうしても。 言わんとしていることは分かるけれど、耳に残る音色は心にも響くから。 「……もうすぐお誕生日でしょう?」 彼の誕生日は冬の10日。 今は9日、夜11時。 暖炉の木はそろそろ尽きてきて、若干暖かさがなくなってきた。 「……気持ちだけで、十分だ」 素直に『ありがとう』とはいえないけれど、想いはきっと伝わるはず。 つたなく少ない言葉でも、悟ってくれる人だから。 だからこんなに愛しいのだろうか。 本当はとても、暖かいひとだから。 雪がしんしんと降り積もる午前零時。 ほかほかしていて、なんだかとても良い気分。 窓からもれた部屋の明かり。 薄く地面に影が映る。 「…まあまあまあ。若いって素晴らしいわあ」 倒れた彼女の様子を看るため、病院を出てきたマーサ。 診療所に入ろうとして、止めた。 見つけた影が、一つしかなかったそうな。 慣れないことを試しまくった話。
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