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進めなくとも前を見る それは小さな恋の唄 第三話 今日も元気に釘を打つ。 今日も今日とて木を叩く。 力いっぱいガツーンっ! 「痛えーー!!」 お腹の底から声を張り上げても、膨れた指は痛いまま。 折れてないだけ、幸運でしょう? 「…もうっ!シンったらドジなんだから」 ぶつぶつと文句を言いつつ、シップを張り替える。 独特の薬草の臭いが店内に充満するのも気にせずに、ケティは左手の小指を持ち上げた。 「こんなに膨れちゃって……見てる方が痛いよ」 一般的に、指の中で最も細いのは小指だ。 それが、なんということだろう。 親指とさほど変わらないではないか。 「ちょっと張り切り過ぎたんだよ」 ゴメンゴメンと言いつつも、顔はいつも通りゆるゆる。 少しも落ち込んでいないようだ。 ポジティブシンギングが彼の良いところだが、当分仕事が出来なくなるというのにこの明るさはなんだろう。 心の強い人でなければこうはいかない。 ……いや、たんに鈍感なだけかもしれないが。 「だって、ティナんちの動物小屋第一号だぜ?壊れないように頑丈に作んないと」 へらへらにこにこ。 なんだか少し、腹立たしい。 『大好きな人が自分ではない誰かのために一生懸命になってるのが嫌』なんて、子供みたいな独占欲。 眉をしかめたケティに対し、慌てたのはシンの方。 怒らせてしまった原因が分かるはずもなく、仕方がないから話題転換。 「そうだ、この前カールが新作のケーキ作ったって言ってたよな。今食べられる?」 ■■■ 冷蔵庫に余りが一つだけ残っていた。 大抵のケーキは作ってから1,2日以内に食べないといけないのだが、これは生クリーム等を使わない、保存の利くタイプだった。 多少の苛立ちもあり、安っぽい皿にどどーんと置いて持って行ってやろうかとも思ったが、やめておく。 『お客様は神様です。私的な感情を向けてはなりません』 すり込みというのは恐ろしいもので、些細な失敗で注意されることがなくなったこの店でも、接客の基本だけはなかなか破れない。 少し小さめの金縁のお皿。 可愛らしくちょこんと乗っけて、チョコレートを使って見た目を少しアレンジ。 本来カールがやるべきなのだが、無料で食べさせるのだからケティがやっても問題ないだろう。 ……カールは、別の用事で忙しそうであるし。 近頃ケーキ仲間が出来たとかで、調理場で毎日色々やってる。 全く、見てられないぐらい色々と。 お花の雰囲気が漂うのは、ニーナの家だけで十分だ。 良い感じに淹れられた紅茶も持って、そそくさと立ち退いた。 シンの待つテーブルまで行き、一呼吸措いてから静かに置く。 乱暴に置きそうになった自分を制止するための常套手段だ。 「おっ、サンキュー♪じゃあいっただ」 「ちょっと待って!」 物凄い勢いで食べ始めようとしたのを、慌てて静止する。 ギリギリセーフでで皿の上に置かれたままのフォークを奪って、ケーキに刺して、 「あーんして」 「はっ!?」 「その指じゃ上手く持てないでしょ。口開けて」 怪我をしたのが利き腕でないことぐらい重々承知している。 だが、どうしても気がすまないのだからこれくらいの我が侭は許してもらいたい。 押しても引いても、こうなったケティを説得しようとするのは無駄。 これで怒らせたのを帳消しにしてくれるのだろうから、大人しく従うのが最も無難な選択だ。 少し照れつつ、シンは口を開く。 こういうこと、もともと嫌いじゃない――むしろ好きだし。 「…どう?」 評価を待つ一時は、被告人が判決を聞くのと変わりない。 作ったのは店長でも、店の味はウエイトレスにとっても重要だ。 美味しい店で働けるのは光栄であるし、そうでなければ接客のし甲斐も減るというもの。 「美味い!さすがだな!」 満面の笑みで告げられたら、嬉しくて嬉しくてたまらない。 彼の笑顔は太陽のようで、見た者全てがなんとなく微笑んでしまう。 店長の腕は一級品で、食べた者全てがなんとなく幸せになる。 少しの苛立ちはどこかに吹っ飛んで、喜び勇んでカールに報告しに行く。 ケーキ仲間の存在が少し気になるが、彼の作品が褒められたとなれば一緒になって喜ぶだろう。 走り去る背中を眺めつつ、シンは二口目を自分で食べるべきかどうか頭を悩ませるのだった。 ケティに会ったことないのに書きました、この話。
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