ボクの朝は木漏れ日降り注ぐ土の上
日光を浴びて体が目覚める


それは小さな恋の唄  第一話



空の蒼よりも、眩しい光が存在を主張している朝。
目覚ましがてら勢いよくカーテンを開けると、案の定そこには太陽の世界が広がっていた。
暗闇に慣れた目に強い光は残酷だけれど、慣れてしまえばどうということはない。
うん、今日も良い一日になりそうだ。

洗濯済みの白衣を身にまとい、アズマは日課のハーブ探しに出かける。
親切な村の人々に分けてもらってはいるものの、それだけでは患者に配布するので精一杯だった。
新薬の研究のためには、材料はたくさんあればあるほど良い。
この、良い意味で少し変わった村の人々に適した薬を作り出すことが、アズマの夢であり目標である。

外へ出て数歩、晴れ渡った空によく調和した声が聞こえてきた。

「あっ、ドクター。おはようございます!」

最近、隣に出来た療養所。
そこに住んでいるのは二人の娘。

花の芽村は、女の一人暮らしが危険視されるような土地ではない。
世間一般から「隔離された」という表現が、最も的を得ていると思えるほどに、人の出入りが少ないのだ。
現代社会の隅々にまで蔓延する、疲労感や倦怠感、無気力感とは無縁の世界がここにはある。
不審者なんて出現しようもない。
二人ならなおさら何もない。

彼女たちはそんな村に、療養のために訪れたそうだ。
子供のようにまっすぐなディアと、それを受け止めるジーナのやり取りは、見ている方が微笑ましくなってくる。

少し年寄りくさいでしょうかね、なんて思ったりもしながら、アズマは山へ向かう足を止めた。

「ああ、ジーナ君。おはようございます」

その応答に対し反射的に頭を下げると、水色の髪の毛が跳ねた。
清潔な印象が空と似ていて、彼女自身を象徴しているよう。

せっせと洗濯物を干しながら、ジーナは今日も爽やかだ。
今が朝の七時だから……うーん、何時に洗濯したのだろう。

働き者で、一生懸命で、侍従としては二重丸。
時々ポカをやらかしても、愛嬌の一つとして許される程度の有能ぶり。
例えアズマでなくたって、目が合えば応援したくなるような、そんな人。

風にはためく白いシーツ。
途切れ途切れにそれらの間から見える彼女が、とても健気で、愛おしい。

「今日は良い天気ですね」

世間話はただの口実。
ハーブのことは少しばかり頭の隅に追いやって、駆け寄りたい気持ちを抑えながら歩いていく。
ザクザクと鳴る足音が、自分の鼓動をかき消してくれていると良いのだけれど。

「ええ、よく晴れていますね」

そう言い、ジーナは天を仰ぐ。
空は蒼くて、飛ぶ鳥の輪郭は明確で、こんなに澄んだ色を他に知らなかった。
お嬢様のご病状が良くなってきたのも、きっとこの空のおかげなのだと本気で思う。
心に体に優しくて、癒しの代名詞にしてしまいたい。

視線を降ろすとアズマがいて、いつもと変わらぬ風景――であると思ったのだが、違和感が生じた。
ジーナはとっさに胸を押さえる。
ざわざわと、不快な何かが警報を鳴らしている。
早く早くと急かしてくる。

自分はどこかでこれを知っていた。
そうだ、確かあの時は、泣けるほどに悲しくて、情けなくて……!

「……ドクター」

ジーナの声色が変わった。
初めて耳にするその低さにたじろぎつつ、それにアズマはまた覚えがあった。

光線のように駆ける記憶を辿れば、一つの情景に辿り着く。
具合が悪いのにディアが出かけようとしたところへ、ジーナがやってきたのだ。
ジーナは何も言わなかったのに、ディアは子犬のように大人しく、ベッドへ退散して行った。
ああ、あの時の目つきだ。

アズマが対応する間もなく、低く、それでいて澄んだ声が発せられる。

「昨日……何時に寝ましたか?」

心臓が飛び跳ねるかと思った。
あくまで冷静に見せかけて、声に波の立たないように。

「じゅっ、十一時ぐらいかな?」

ははは、と苦笑い。
バっ、バレて、ない……よな?

自分から近づいて行ったのに、今は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
既にジーナの目の前に到達しており、足音は鳴らない。
この胸の高鳴りが、彼女に聞こえていたならば……。

絶対バレる。

数秒の沈黙の後、優秀な侍従は、ため息と共にただ一言。
声色は常どおりに戻っていた。

「…………そうですか」

――バレて、ないのだろうか。

期待を込めてそう願う。
ただでさえ責任感の強いジーナだから、余計な負担はかけたくなかった。
医者である自分が心配されていてはいけないのだ。

アズマの背中の汗のことなぞ露知らず、ジーナは息を吸った。

「昔、お嬢様が倒れられた事があったんです」

ポツリと洩らした言葉は小さくて、ほおって置けば消えてしまいそう。
あわてて耳を傾ける。

「もともとはただの寝不足だったんですけどね、それで免疫力が落ちて風邪を引いてしまってもう大変! 風邪がさらにこじれて長引いて……あの時は本当に自分に腹が立ちましたよ。『どうして気がついてさしあげられなかったのだろう』って」

あくまでも、空に調和した笑顔で言い放つ。
その瞳は明晰で、かつ柔らかい。

「お仕事は大切ですけど、私、一日六時間睡眠は絶対破ったことないんですよ!」

これは天然なのかなんなのか。
あの一癖あるお嬢様を何年も世話をして得た知恵か。

……まったく!
どうしてこう、直球でストライクな観察力を持っているのだろう、彼女は。
尊敬すると同時に少し、妬ましい。

完全に、アズマの負けだ。

「それで、ですね。ハーブ摘みご一緒しても宜しいですか?」

普段は療養所の方で手一杯――のように見える――ジーナを伴うことなど、頼まれたとしても決してないのだけれど。
今回ばかりは、白旗。
逆に気を使わせてしまったみたいで、医者としてどうなんだろう……。

「どうぞ。行きましょう」

とはいえ内心、とても嬉しい展開。
なんて、矛盾したことも考えながら、二人は歩み始める。

「途中で倒れても担いで帰りますから安心してくださいね、アズマさん」

『ドクター』ではなく『アズマさん』。
一人の個人として見てくれた、ということなのだろうか。

個人というのは、世話をするべき存在としてなのか、それとも――?

自身の疑問に、アズマはふっと笑う。
まあ焦ることはないのだ。
医療と同じく急激な進展は起こらなくても、確実な一歩を。



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ジーナさんは絶対天然で黒いお方だと思うのです。



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