ねんごろなり




火をつけるのは右回り。
わりと小さめの鍋をコンロへ置いて、一息つく。

やれやれ、世話の焼けるヤツだ。

冬も終わりに近づき、早くもうぐいすが鳴いている。
不安定なリズムが胸に心地良い。

ダイニングの椅子に腰掛けて、ゆっくりと見渡す。
それなりに見慣れてきた光景だった。
目覚めた際の一瞬の混乱もなくなり、布団にだって自分の匂いが染み付いてきた。
仕事に行くのが嫌だなんて、始めて思ったあの日も、懐かしいものとなりつつある。

吹き零れないよう火を弱め、二階への階段を上る。

「……おい」

小声で呼びかけて、返って来るのは微かな息遣い。
大きなベットを独占して、気持ち悪そうに寝返りを打つだけだった。

落ちたタオルを手にとって、氷水で湿らせて。
首筋に光るものを拭いてからまた洗う。
ねんごろに、ねんごろに。
ひたいをくっつけてみると、熱は下がってきたようだ。

もう少しで食事も出来る、無理にでも食べさせよう。

そう思い、冷たいタオルを載せて背を向けると。
寝ている人に裾を掴まれていた。

「…リ…オン……」

親しげな小鳥の声で聞こえたのは自分の名前。
世界に花が舞う。
例えばそれは、美味しいお菓子をもらった時のように。
もう、こんな想いをすることは二度とないのだろう。

夢の中の手のひらを丁寧に外して、再び一階へ。
ちょうど良いぐらいに出来あがったお粥を見てから火を消した。

熱いだろうお粥を器へ移す。
想う心はねんごろなり。





ねんごろなり・・・念入りに,心から,丁寧だ,親切だ,むつまじい,親密だ
去年、古単テストを受けながら思いついた話。



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