project:F 第八話



村中が大騒ぎだ。
釣り大会まであと三日。

広場ではステージなどが準備され、出店用のテントも持ち運ばれてきた。
調理系の各店は下ごしらえに取りかかり、物品販売系の人達は急ピッチで製作を進めている。

その全体の指導者はやはり村長であるが、その村長に助言をし、実質的に動かしているのはティートだった。

大勢で何かを作り上げること。
一つの目標に向かってひた走ること。
色々と苦しいことや厄介なことが出てきても、乗り越えて行くこと。
共に歩むこと。

ティートはこの雰囲気が好きだった。
とても好きだ。
だから――

「リオン、お前も参加しない?」

広場から走ってすぐ、リオン牧場にちょくちょくお邪魔している。

「断る」

間髪入れず拒絶されても、決して誘うことをやめない。

「お前さー、ずっとそうやって生きていくつもり?駄目駄目。ちゃんと交流しろよな」
「…うるさい!」

いつも通り頑なに拒むリオン。
溜め息を一つ。

「そんなに人間が嫌いか」
「当り前だ!」
「…じゃあ訊くけど、」

「人間とお前、違いは何?」

ゾクリ。
リオンは思わず鳥肌をたてる。
ティートの声色に、その低さに。

荒い息遣い。
見事なまでに綺麗な抑揚の効いた、まるで“演じられているような”、普段の話し方はどこにも見当たらない。
制御されていた感情が、一気に溢れ出している。

「お前が人間でない、ってことは分かる。体の構造とかな」

…正直、恐ろしい。
人間を恐ろしいと思ったのは、生まれてこの方始めてだ。

そして、恐ろしいと感じつつも、妙な思いもあった。
今、目の前の人間は間違いなく本音を話している。
かつてこの人間から本音を聞き出せた人間がどれだけいただろう。

「でもさ、それ以外にどこが違うのか説明できるのかよ。感情を持ち、言葉や道具を操れ、思考回路が発達した『生命』ということに変わりはないだろ」

一方ティートは至極機嫌が悪い。
自分自身の心を己で制御出来ないのは悔しいことだ。
しかも、よりにもよって一番吐露したくなかった相手に。

言葉にされた内容はともかく、溢れた感情が腹立たしい。

「人は生まれながらにして『人間』だけれど、育っていくうちに『人格』が形成されるんだ。女神様が石になったのはその『人格』のせい。『人間』だからじゃない」

ティートは一歩踏み出す。
リオンは後ずさる。
恐がっているのは明らかだ。
怒ると思っていたのに。
予想が外れたことに対してなのか他のことなのか、もはやティート自身にすら判断できない。
知らず知らずのうち、乱暴に相手を掴んでいた。

「そしてその人格は――」

これ以上は駄目だ。
そう、考えられる部分は残っていたのに。


「リオン!お前の感情や思考、言動とどこが違うっていうんだ!?」


ぽとりと落ちたものは、悲しみじゃない。
もちろん、大嫌いな人間と同じに扱われて、ショックを受けなかったわけではないけれど。

言葉を失うほどに詰め寄られた彼の、精一杯の自己主張。
温厚で飄々としていて、人をおちょくることはあれど傷つけることは絶対にしない。
そんなティートをこれほどまでに怒らせた。
『ごめんなさい』の、なみだ。

目の前で、ぽろぽろと泣くリオンを見て、ティートは正気に戻った。

「…悪い、言い過ぎた。じゃなくて、言い方が悪かったよ。ごめんな」

そっと涙を拭ってやると、リオンの動きが一瞬止まる。
ポカンとした表情。
そして一気に頬が染まり、慌てて逃げようとするが、腕を掴まれててそれも叶わない。
……もしかして、泣いてることに気付いてなかった、とか。

「…離せ!!」

やっとのことで搾り出したのがそのセリフ。
俺……これは、完全にリオンに嫌われたかもな。

「いや、だって離したら逃げるだろ」

だが、嫌われたままで済ますつもりはさらさらない。
――感情を吐露したくなかったのは、

「お前って本当、面白いよな」

ふっと笑みが零れる。
先ほどまであんなに荒んでいたのが嘘のようだ。

「良いよな、そういうとこ。好き」

――ただ、好きだったからなんだろう。

視界が開けた。
ティートは、今改めてリオンを見る。
気の強そうな眉、澄んだ空のような瞳。
リオンらしい、と思う。
そして、掴んでみると意外なほどに華奢な体に、白い肌。
鼻をくすぐるのは牧場の匂い。

たまらなくて、抱き締めた。
腕の中の人は完全に硬直している。

「まあ話しを聞けって。俺が言いたかったのは、つまりさ、お前が嫌ってる人間は、お前とそう違ったもんじゃない。この村の人は、とても良い人達ばかりだよ。お前も含めてな。そして女神様が石になったのは……リオン、お前みたいな人が増えてきたから」

長々と話しているうち、硬直していた体は動き出す。
必死に逃れようと何やら咆えたり殴ったりしているが、ティートは気にする風もなく続ける。

「“Love your neighbor as yourself.”ってやつだよ」

――あなたが、あなた自身を愛するように、あなたの隣人のことを愛しなさい。

「…はあ?」

リオンにはどこの国の言葉かすら分からない。
けれどティートは間違いを指摘されたかと勘違いしたようで。

「ああ、お前の場合はyourself(あなた自身)じゃなくて、goddess(女神)… selves?英語は分かんねーな……まあそこはどうでもいいだろ」

満足したのか、身体を離す。
逃げられないよう腕はゆるく掴んだままだけれど。

ティートはふっと笑った。
下を向いてしまったリオン、耳まで赤くなっているのは、泣いたせいではなさそうだ。

「皆で仲良く暮らそう?愛する心を取り戻すには、まずは誰かと交流することから始めないと!」

空いている方の手で、優しく肩を叩いた。

「お前が音色を集めるんだ。信じる心、感謝する心。俺じゃない、お前が集めるんだ。お前が、お前自身の手で女神様を復活させたければ――人に交わり、人を学び、人と生きること――それしか方法はないんだよ」

音色が集まるにつれ賑やかになる泉。
音色入手以外の方法で女神様がもとに戻るとは、もはや考えてはいないだろう。

「今更交わるのは恥ずかしいかもしれない。勇気もいると思う。でも、行こう?俺も行くからさ」

ようやく掴んでいた腕を離す。
これから先は、リオンの意志しだいだ。



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英語は分かんねえなあ…!!(ごめんなさい)



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