project:F 第七話



事情を訊いて良いものだろうか。

マリアは必死に考えていた。
ここのところ元気のない釣り人さん、今日も海岸で海を見つめている。
図書館の窓から見える背中は、なんだかとても小さいから。
うずうず、そわそわ。落ちつかない。

例えば教会には、救いを求めてやって来た人の話を聞く人がいる。
迷える子羊に的確なアドバイスをするのは難しいことだけれど、相手が答えを求めているだけ気が楽だ。
少なくとも、「余計なお節介」ではない。
そうやって逃げることが出来る。
例え相手の意にそぐわぬ発言をしようとも。
……まあ、神父や牧師がそんなことを考えながら懺悔を受けているかどうかは定かではないが。

答えとは即ち、絶対的な真理。
それは普遍であり不変。
だが、果たしてそんなものがこの世に存在するだろうか。
人間の存在すら不確定な世の中なのに、それによる定義に、はてさてどれほどの意義があろう。

窓を通して見えるレイフは、答えを求めるさ迷い人の背中をしている。

――マリア、貴方に彼が救えるのですか?

心の中で問い掛ける。
応えはなく、波紋のように何かが広がるだけ。
なんでしょう、この広がりは。

彼を心配に思う気持ち?
自分がしゃしゃり出て余計に事体がこじれるかもしれないという不安?
不必要な発言への怯え?

どれも正解であるようにも思えるが、どれも少し違うように感じられた。
それはもっと単純で、なおかつ奥深い――。

ガタンと音が立てられる。
滑りにくい木の椅子に別れを告げ、マリアは図書館の戸を開いた。



■■■



「釣り人さん」

海を見つめるレイフに、背後から届いた声は少し震えていた。
彼女らしくない、と思う。
いつも穏やかで、逆を言えば感情にあまり波のない、芯の強い人なのに。
そんな声にさせているのは自分だと分かっているものだから、余計に腹が立つ。

「あの…お隣宜しいですか?」

こくりと頷く、醜い自分。
期待はしていた。
ここに――彼女の図書館から見えるこの場所にいたら、見つけてやってきてくれるのではないかと、そう期待していた。
むしろ確信に近かった。
己の、ない頭で考えても、答えは見つからない。
だが彼女なら、あの微笑みで求めるものを与えてくれそうな、そんな風に思えた。

ちらりちらりと横目で盗み見られてしまって、レイフの心拍数は急上昇。
彼女は事情を知らないのか。てっきりティート辺りに聞いたものだと……。
落ちこんでいたというのに、別の相談事も増やしている自分に、苛立ちはさらに募る。

だが、このままだんまりを決め込んでいても、らちがあかない。
少しだけマリアの方に顔を向け、溢れ零れたように音にする。

「…釣りを、どう思う?」

要点を完結にまとめた質問。
マリアの上にははてなのマークが見えそうだ。

「魚の命を奪うのを楽しむのが釣り――そう言われたんだ」

大きな衝撃、少しの沈黙。
マリアはゆっくりと口を開く。
決して不用意な発言をしないよう、言葉を選んで慎重に。

「釣り人さんは、釣りがいけないことと思いますか?」

レイフは再び前を見る。
水面がきらきら、カモメが飛んでいる。

「分からない……」

ここ数日、何度も何度も考えた。
自分には答えを見つけられない。
マリアさんはどう思うだろう。
自分の求めた答えを、この人は与えてくれるのだろうか。

「……ごめんなさい。私にも分かりません」

絶望する思いと、納得する気持ちと、半々だ。
前を向いたまま、視界の隅でマリアは砂をいじりはじめた。
答えを探すかのように。

「ただ、私は思うのですけれど――釣り人さんは魚釣りだけでなく、魚そのものも好きですよね」

大きく、しっかりと頷く。
その気持ちは誰にも負けないだろう。

「それならきっと、大丈夫ですよ」

ぱしゃっと音がして、2人は一羽の鳥を見た。
口には魚が一匹いて、いましがた捕まえたのだろう。
音が生まれた場所から広がった波紋は、波と混ざって消えた。

「命を奪っているという事実を忘れないで、大好きな魚を殺して生き長らえているという事実を受け止めて――そうやって生きていきましょう?」

隣では彼女が笑っている。
ここ暫く、自分のせいで見ていなかった。
胸が暖かくなる、綺麗な微笑み。

「釣りすぎた時には、元気な魚は優しく放し、弱っている魚は村の皆で食しましょう。それはきっと、この世界で行われている命の循環で、生き物の営みで――上手く言えないのですが、とにかく今、私逹はここに在るのですから…」

結論として上手くまとめられないようだ。
細くて白い指の間から、砂が零れ落ちている。

レイフは一つのセリフを思い出していた。
それは、かつて愛しい人が口にした、尊い言葉。

「その恵みに感謝して生きていく……そういうことか?」

波に消えた波紋は、本当に消えたのだろうか。
それに同化したのではないかと思えてくる。
彼女の祈りが、彼に響いたように。
心の中の波紋は広がり、既に彼女の一部となりつつある。

マリアは、溢れるような笑みで頷いた。

「ありがとう…マリアさん」

迷路から救いだしてくれたのは、やはり彼女だった。

「いえ、こちらこそありがとうございます。レイフさんのおかげで色々学ぶことが出来ました」

不安だとか、怯えだとか、そんなものも全部ひっくるめて。
ただ名前を呼ばれただけなのに、こんなに嬉しいと思える。
自分は今、かなりの幸せ者かもしれない。


マリアはふと、思った。
人は、答えに救われるのではなく、共に悩んでくれる人がいることに救われる。
人は、だからこそ神でなく、結局のところ人を求めるのだろう。
唯一絶対の神でなく、曖昧で不確かな。
それでいてそこに在り、触れられる存在を。

広がった波紋は、体を、心を、染めつつ馴染んでいった。



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書きにくいけど好きです、このカップル。
でも、自分以外の人の小説を見たことがないです;



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