嗚呼
いつもいつも、僕は君に振り回されるんだ


夕焼けは青春の象徴



 仕事は楽しい。でも、疲れないかと問われれば、僕は否定するだろう。
 そして、その疲れて帰ってきた人間に対して、
「クリフの馬鹿っ!!」
 とか言ってなにやら色々物を投げてくるのは如何なものかと思う。
 ちなみにその人、現在交際中のランちゃん。普段の可愛いウエイトレス姿はどこへやら。お客さん恐がってるよ。
「ら、ランちゃん、落ちついて?」
 怒らせるようなことをした記憶はない。規則正しい生活を送り真面目に働いて教会に行って――。特別なことはないけれど、楽しい日々を送っている。これも全て、クレアさんが果樹園のバイトに誘ってくれたおかげ。
「落ちついてるわよっ!もうっ、ばかぁ…」
「えっ、ちょっ……と、とりあえず、二階に行こう?」
 泣かれてしまった。周りの視線が痛過ぎる。僕の心も痛い。(こういうセリフ、カイ辺りが言ったらサマになるんだろうけどな……)
 僕が言ってもしらけそうだから口には出さないで、ランちゃんの手を取った。
「…っ!触らないでよ!!」
 泣きながら、叩かれた。……痛い。(心が)
「クリフなんか……」
 大きく息を吸い込んだ。
「クリフなんか、クレアさんとイチャイチャしてれば良いじゃない!!」
 うわーん
 そのまんま、ランちゃんは宿屋を飛び出して行ってしまった。
 僕が呆然としていると、後ろから“なにか”が来た。振りかえると、そこには未来の父君が。
 怒りと殺気を感じた。



 僕はクレアさんの牧場へ向かう。
 ランちゃんは、僕とクレアさんが男と女の関係で親しいと勘違いしているようだ。それは、誤解以外の何者でもない。もちろん友達だけれども、そんな空気になったことはないと誓える。
 そして、“今日”、ランちゃんが勘違いしていたということは。今日、もしくは昨日辺りに、なにかを見たのだろう。
 僕には特に覚えがないので、クレアさんに聞くことにした、というわけだ。

「クレアさーん、いる?」
 広大な牧場。青々とした牧草が風になびいている。
 その牧草が他とは違う方向にうごめいているところに、目的の人物はいた。
「…なんだ、クリフか。いらっしゃい」
 あからさまに肩を落とされると、僕だって傷つくのですが。
 まあ、今日はそんなことを言いに来たのではない。気を取り直して、これまでのことを話す。
「ふーん。今日か昨日ねえ……」
 クレアさんは真剣に考えている……ように見える。もしかしたら、今日の晩御飯について模索してるのかもしれないし、明日の散歩コースを思案しているのかもしれない。もしくは、それら全てを同時進行で行っているのかも。人は、複数のことを同時に頭の中で考えることはできるが、クレアさんはその技術(?)が普通の人より数段ずば抜けていた。
 目指すは、現代の聖徳太子?
「私が、ワインの貯蔵庫に行った時じゃないかしら」
 うん、きっとそうね。
 一人でクレアさんは納得し、立ちあがった。
「実践して見せるから、行きましょう」


■■■


 私は、無我夢中で走り続けている。
 追いかけてきてくれることを期待していなかったわけじゃない。でもなんとなく、“女の勘”というやつで、確信に近いものを抱いてしまっていて。
 ほら、やっぱり駄目だった。
 でも、それなのに。心のどこかで、
「速く走りすぎたから見失ってしまった」
 とか、そんな甘い甘い夢を見てる。こんなに速く走った理由の一つは、その幻想を信憑性のあるものにするためだもの。
 ああ、私って汚いな。
 昔はこんなんじゃなかったはずなのに。クリフと付き合い出してからよ、こんな風になってしまったのは。
 ――そして今、自分の汚ささえも人に責任を押し付けようとしている私が凄く嫌だ。

 何も考えられないくらい辛くて、何も考えたくないほど悲しかったのに、どうしてだろう。
 辛くて、悲しくて、苦しくて、走り続けて辿りついた場所でゆっくりと腰を下ろす。山頂から見える空はどこまでも続いているかのように大きくて、今の私には純粋過ぎた。
 耐えきれなくて目を瞑ると。暗闇に浮かぶのは、唯一人。
 思い出したくないのに。想いはきっとすれ違っていたのに。
「カーっカーっ」
 カラスが鳴いている。童謡によると、可愛い子供がいるから鳴くらしい。
「もう、日が暮れるな……」
 クリフが好き。大好き。だから、クレアさんと…あんなことしてたのを見て動揺してしまった。
 せめて、こうなる前に言ってくれれば良かったのに。
 そんな風にも思うけど、クリフは優しいから言えなかったんだろう。優しさは、時に残酷。
 まあ、そんなクリフが好きなのだけれど。

「クリフが幸せなら私も幸せよ」
 よしっ、完璧。こんなこと、当分は思えそうもないけれど、クリフの幸せを願っているのは本当。
 お別れも、笑顔でしたいもの。
 空に向かって何回も練習をして、私はマザーズヒルから立ち去った。


■■■


 ガタッと大きな音がして、クリフら2人は振りかえる。
 そこには、決意も空しく呆然と立ち尽くすランがいた。
「…ごめんなさい」
 階段を駆けあがり、一目散に逃げ出した。
「ランちゃん、待って!」
 続いてクリフも追いかける。
 取り残されたクレアは一瞬迷ったが、自分が状況説明をしないと余計にこじれることは目に見えている。体力を使うことを嫌がりつつも、走り出した。

「ランちゃん、違うんだ!話を――」
「何が違うのよ!」
 綺麗に分かれたかったというランの願望を、クリフは理解できていない。(そりゃそうだ。分かれる気などさらさらないのだから)
「ラン、ひとまず落ちついて」
 後ろから凛とした声が響いた。走ってきたため少し乱れてはいるものの、声の美しさは健在だ。
「いい?ランは勘違いしているのよ」
 聞きたくない、といった表情をしているが、クリフに腕を掴まれて逃げることは叶わない。
「よく見てて」
 クレアは、どこからともなく大きな熊のぬいぐるみを取り出した。
「あの時、クリフがワインのビンを割っちゃったのね。あ、中身入ってないやつだったから弁償とかはしなくても良かったんだけど。――でね、ちょうどその時、私がたまたまクリフにお金を半永久的に借り…いや、交流を深めに行ったの。現場を見てしまったのに片付けを手伝わないってのは、人情に欠けるでしょう?」
 嘘だ。どうせお金を借りるために恩を売ろうとか考えたんだ…!
 クリフの想いは彼の心の中でのみ、同心円状に響き渡る。
「だから、手伝ってたのよ。こんな感じで」
 おそらくクリフ役なのだろう熊の手を取り、ガラスを拾っているポーズをとらせる。熊が安定したところで、自分も拾う格好を――
「あっ……」
 なんということだろう。ラン達がいるところから見た2人は、恋人同士そのものではないか。
 金髪美女の透き通った頬に、毛むくじゃらの君が接吻を交わしているように見える。実際は、触れてなどいないのだが。
「…でもっ、さっき……してたじゃない!」
 朱に染めて。具体的な固有名詞を挙げることに恥じらいを感じるのは、まだまだ年老いていない証拠だろう。
 なおもクリフから逃れようとするランに、クレアはあえて高圧的に述べる。
「ラン。あなた、クリフを信じていないの?」
 何かに気がついたように、ランはクリフの顔を見た。
 そうだ、そうなのだ。自分は今日、クリフの話をちゃんと聞いた事があっただろうか。
「ランちゃん、よく聞いてよ」
 掴まえていた腕を引っ張り、そのまま抱き締めた。
 恋人同士とは名ばかりで、手を繋ぐことすらもままならない関係。キスはおろか、抱きしめることも今までしたことはなかった。
 初めて感じる恋人の温もりに、朱は広がる。
「僕は、浮気なんてしてません」
 神に誓って、絶対に。
 抱き締める手を緩めて、両手を肩に持っていく。

 ――昔、人の目を見るのが恐かった。話す時は下を向いてばかりで、相手の一挙一動に怯えていた。
 そんな僕に、いつも明るく話しかけてくれたのは君だった。

「僕は、ランちゃんが一番好きだよ」
 たったそれだけの言葉が、とてもとても嬉しかった。

 夕焼けで長くなった二つの影。一瞬だけ、重なった。


■■■


「クリフが『浮気されてる』って勘違いするのなら、まだ分かるけど」
 夜、宿屋でクレアさんが語る。程よく酔って、良い気分を満喫しているようだ。
「えっ、なんで!?」
 追加されたワインを持ってきたランちゃん、転びそうになっている。慌てて持ちなおして、一目散に駆けてきた。
「ピート、あなたに相当惚れ込んでたのよ」
 ガッシャン
 あ、ワイングラスが落ちてしまった。
「やっぱり気付いてなかったのね」
 自分のことにも他人のことにも鈍すぎよ、ラン。
 クレアさんは呆れ顔で言う。
「じゃあさ、ランちゃん。クレアさんの好きな人は分かる?――まあ、分かってたら、今日みたいな騒動起こってないだろうけど」
 ランちゃんの鈍さは筋金入りだ。ピート君(クレアさんの牧場に居候させてもらっている人。雑用担当らしいが、結構顔は良い)があれだけアタックしても全く伝わっていないのは、いっそ哀れに思えてくる。僕が恋人の座を勝ち取れたのが、今更ながら不思議でならない。
「何を言い出すのかなこの子は〜?」
 色んな意味で顔が赤くなっているクレアさん。滅多に見ることは出来ないだろう、この姿。
 その想い人に見せてやりたい。
 なんて言ったら、祟られそうだ。
「クレアさん、ポーカーフェイスだからね。ランちゃんじゃこの先も絶対分からないでしょ。友達なら、教えてもそんなに支障はないんじゃない?」
 現在、クレアさんの唯一の弱点とも言って良いのが、自分自身の恋愛話。僕でさえ気がつくのに相当な時間を要したのだから、他の住民で気付いているのははたして何人いることか。
「そりゃ、支障はないけど……恥ずかしいじゃない!」
 友達って全てを赤裸々に話すだけの関係じゃないでしょう――とか、クレアさんはいかにも言いそうだし、言われたら太刀打ちできない。それを言わないってことは、恋愛話はまだ話せる範囲ということなのか、それとも全てを赤裸々に話しても良いと考えているのか。……おそらく前者だろう。

「その話、ポプリも聞かせて!」
「…俺も聞きたいな」
「いや〜、青春ですねー」

 いつの間に集まったのだろうか、机の周りにはたくさんのギャラリーが。呆然としていたランちゃんは、今ようやく意識を取り戻したようだ。
「なっんで、皆いるの!?」
「楽しそうだったから」
「俺、クレアの好きなヤツってのに無茶苦茶興味あるんだけど」
「フォッフォッフォ」
 なんでこんな時間に町のほぼ全員がここにいるのだろう。クレアさんを狙っている男達は目をギラギラさせていて、少し恐い。
「今日は言いません!ご馳走様でした!!」
 逃げていく。
「“今日は”!?」
「おい、じゃあ明日また聞きに行くぞ!」
 まとわりつく男達を振りきりつつ、全力で牧場へ。

 嵐が去って、見上げるとランちゃんの困ったような笑顔があった。

今日もミネラルタウンは平和です。





参加してきました。
久しぶりに牧場物語書けて楽しかったです。
前後編だったんですが、前編が短すぎたので一つにまとめました。

それにしても、私の書くクレアさんは完璧ガール(でも鈍い)か、
ちょっぴり変人さんが多いみたいです。
何故だ……。



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