再スタートはルージュの味で・2



 チャラリラ、チャラリラ、チャラリララ〜♪

 学食に軽快な着メロが鳴り出した。
「あ、私です。すみません」
 読みかけだった文庫をテーブルに伏せ、柑は立ち上がりながらポケットから携帯を取り出した。
「マナーモードにしておくの忘れてた」
 小さな独り言を聞き取って、向かいに座っていた宍戸が眉間に皺を寄せた。
「気を付けろよ。授業中に鳴ったら洒落になんねーぞ」
 今は周囲に人の話し声や食器の音が溢れているのでそれほど目立つものではないが、静まり返った中ではかなり場違いな響きを奏でるだろう。校内への持ち込みが認められている代わりに、授業中等の使用に対する罰則は厳しい。
「流石経験者やな」
「うるせー。あの時はほんとにうっかりしてたんだよ」
 昔のことを思い出したのか、宍戸は口の中でぶつぶつ文句を呟いている。
 罰則は奉仕作業が主だというが、実際どんなことをやるのだろう?
 柑は頭の片隅で考えつつ、携帯を開いて画面を確認した。が、すぐにパタンと閉じる。
「どないしたん?」
「いえ……ちょっと失礼します」
 柑はそそくさと席を離れ、誰もいない壁際に向かった。



 柑は壁と向かい合って話し始めている。
「なんや、怪しいなぁ」
 その背中を見ながら忍足が言った。
「何がだよ?」
「柚木の電話の相手、誰やろ?」
 宍戸は雑誌から顔を上げてチラッと柑を見たが、興味なしといった感じでまた雑誌に視線を戻した。
「大方不動峰の彼氏からだろ」
「十中八九そうやろな」
「わかってるなら聞くな」
「内容、気にならん?」
「なるわけねーだろ」
「つまらんなぁ」
 忍足は背もたれにぐっと寄りかかった。

「何? 何の話だよ?」
 食器を片付けて戻ってきた向日が忍足の隣りに座りながら言った。
「ああ。アレや」
 忍足は目で柑を示した。
「柚木がどうかしたのかよ」
「二人で柚木が誰と何話してるのか考えてたんや」
 それを聞いて、宍戸が即座に否定した。
「俺は考えてねーよ」
「ふーん、柚木の電話の内容か……」
「だから、俺は――」
「今度の土曜日がどうとか言ってたぜ」
「だから、土曜日は……は? 土曜日?」
 向日は頷いた。
「さっき柚木の後ろ通った時、そう聞こえた」
「ほほー、それはデートの約束に間違いないな」
 メガネの奥で忍足の目が光り、なにやら企むような笑みを浮かべる。
「俺、おもろいこと考えたんやけど」
「えっ、なになに?」
 面白いこと好きの向日は乗り気な態度を示したが、宍戸は嫌な顔をした。
「人の恋路を邪魔する奴は…って言うぜ」
「邪魔って、俺を何だと思ってるんや。逆に決まってるやろ。デートがこれ以上ないくらいに盛り上がるように手助けしてやろうと思ってな」
「手助け?」
「せや」
「嘘くせぇ」
 宍戸はあからさまに疑いの目を向けた。別に宍戸が疑い深いわけではなく、忍足のこれまでを思い返してみてそう考えざるを得なかったのである。
「酷いわ。傷つくで」
 忍足は台詞と裏腹に、むしろ楽しむように笑っている。ますます、宍戸は疑いを強めた。
 ――コイツ、一体何企んでやがる。
「で、結局面白いことって何だよ?」
 たまりかねたように向日が身を乗り出して口を挟んだ。
 忍足は期待と疑いの目の中、口を開いた。
「それはな……―――――――――――」





「へー、面白そうじゃん。俺、姉ちゃんに相談してみるぜ」
 向日は忍足の提案にあっさり賛成した。
「後で分担決めような」
「場所は部室だろ。日吉と鳳に話つけに行こうぜ」
 やけに盛り上がっている二人に、宍戸は呆れて言った。
「それ、柚木が嫌がったらどうすんだよ?」
 だが、二人は全く取り合わず、好き勝手に話を進めている。
「俺が柚木を説得できんと思うか?」
「………」

 ――思わねぇ……。

 自信満々の忍足に、宍戸はため息をついた。説得もとい丸め込むのが上手い人間だ。宍戸の頭には柚木の敗北しか浮かばない。
 また話し出す二人に、そもそもデートじゃなかったらどうすんだよと至極最もなことも思った宍戸だが、もう何を言っても無駄だと諦めることにした。
 


 そんな会話など、柑は露知らず――。

「そういえば」
「何だよ?」  
 柑は腕時計を確認して首を傾げた。
「確か不動峰ってもう五時間目始まらない?」
「え……」
 絶句した神尾の後ろから、チャイムの音が微かに聞こえた。
「やばっ、授業始まる! あ、宿題! じゃあな!」
 プツ。通話が切れ、一気に騒がしくなった耳元がシーンと静かになった。
「やれやれ」
 この時間は確か本鈴だ。慌てて廊下を走る神尾の姿が浮かんで、柑はちょっと懐かしい気持ちになった。
 チャイムギリギリになって忘れ物をしたと教室を飛び出して行く。また、他のクラスで話が盛り上がり移動教室であることに気が付かない。タッチの差で教師より遅くなってしまうことも一度や二度ではなかった。
「しょうがないな」
 携帯をポケットにしまいながら、柑は自然と小さな笑みを浮かべた。



 席に戻った柑が、忍足の誘導尋問に引っかかって電話の内容がばれてしまったのは言うまでもなく、その後のある提案も、結局受け入れることになってしまったのであった。



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